私のiPhoneは生まれて初めて手にした携帯電話でした。それまで頑固にケータイなんて不要と言い張っていたのですが、当時発表された最新のiPhoneの機能はあまりにも魅力的で私のちっぽけな信念を打ち砕くには充分過ぎるものだったのです。それまで毛嫌いしてきた携帯電話の複雑な契約やプランについて必死で勉強し、予約開始日にはお店に並んで真っ先に予約をしました。

しかしあまりの人気に入荷まで数週間と待たされ不安な日々を送ったりもしたものです。そんな苦労の末にようやく手に入れた私のiPhoneは、私の生活を、いえ世界を劇的に変えてくれました。出かける時には常に持ち歩き、ちょっとした街角の風景を写真に収めたり、今まで降りたことのなかった駅に乗り換え案内アプリや地図アプリを駆使して降り立ち小旅行を楽しんだり、最新のゲームに何百時間とハマり込んだりもしました。

電話本来のコミュニケーション機能はあまり活かせなかったような気もしますが、それでも私はiPhoneを持っているだけで何だか他の誰とでも繋がっているような、不思議と孤独感から解放された気持ちになれたものです。

しかしそれほど愛用し続けた私のiPhoneにも、当然酷使した反動として意外と早い寿命の時が訪れました。最初の予兆はホームボタンの不調でした。毎日毎日押し続けた結果、反応が徐々に鈍くなっていきました。
掃除をしたり軽く叩いたりといったホームボタン復活の都市伝説をいくつも試したもののその甲斐はなく、やがてまったく反応しなくなりました。それでもアクセシビリティ機能の仮想ホームボタンで無理矢理に使い続けていましたが、次には充電の不調、アップデートに伴う処理速度の低下と、普段使いには耐えられない状態に陥っていきました。

そしてある日、ついに電源が落ち私のiPhoneは再起動を繰り返すだけの薄い板になってしまったのです。買い替えの際に下取りに出すこともできましたが、思い出深い私の最初のiPhoneは今でも大切に引き出しの中にしまわれています。